一節入魂　 VOL．３２

新企画　since 2007.8.1

　 VOL．３２

　　２０１０年４月１日更新　

今回の歌唱曲は　アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」 です

アリスが再結成され全国ツアーを始めたと聞いた。デビュー曲「走っておいで恋人よ」や「明日への賛歌」から知っている僕にとっては、「冬の稲妻」や「ジョニーの子守歌」といった大ヒット曲は何となくしっくりこなかった。元々フォークソングからスタートしたバンドだが、矢沢透のドラムが入って他のフォークを歌うデュオやギター一本で歌うソロシンガーとは一線を画した規格外のサウンドで人気が急上昇。ドームや武道館と言った大会場でのコンサートを満員にするなど、気がつけば日本を代表するお化けバンドになっていった。この頃から谷村新司と堀内孝雄との音楽への方向性がずれてきて、金属疲労を起こしたかのように突然解散を宣言する。ボクシングのカシアス内藤をモデルにした「チャンピオン」は、フォークの枠を超え、それまでの歌謡曲やポップスにも類を見ない雄大な名曲となり歌い継がれた。叙情詩のような繊細な曲「終止符」や中国でも大ヒットした壮大なメロディと美しい日本語をちりばめた歌詞の「昴」などを、20代に聴くことができた僕たちの世代は幸せだった。
解散後もボーカルの二人はライバルのように競い合いながらソロでのヒットを生み出す。「君の瞳は100万ボルト」で記録的な大ヒットを飛ばしたべーやんは、気がつけば、いつのまにか演歌歌手になっていて、ちんぺいさんは山口百恵に曲を提供したり、加山雄三や小川知子とのデュエット曲を出すなど幅広い活躍を続けてきた。こんな華々しい活躍をしてきたアーティストは、年齢を重ねるとともに身体は老化しても気持ちはいつまでも若く、イイ顔になってくるものだが、最近のアリスを見ているとどうもガッカリするのは僕だけだろうか。だれでも若い頃の方が生意気で軽くて品格が足りないものだが、年と共に風格や生きてきた年輪が表情に出て自信となり、顔の皺にもイイ味が出てくるものだ。それが残念なことに、アリスの二人には感じられない。なんか嘘くさい、ずるさが顔に出ているように見えるのだ。
テレビ番組でべーやんが解散した頃の心の内を語り「あの頃の自分は谷村への嫉妬で苦しみ、ツアーで歌い全国を移動することに疲れボロボロだった」と語っていた。きんちゃんも「あの頃は最悪に雰囲気が悪くなっていた」と漏らした。その頃のことを水に流し、今だから語れると言ってはいるけれど、僕はまだこの３人は何かにこだわり心の底から許し合っていないように感じるのだ。
高校時代の親友・清川君が脳腫瘍で亡くなる前に、アリスの年末にあるコンサートのチケットを買っていた僕は、「退院したら行こな」を合い言葉に彼を励ましながら病院に毎日見舞った。１９歳の誕生日を病院のベッドで迎えた彼はその４日後、息を引き取り天国へと旅立った。「遠くで汽笛を聞きながら」は、ちょうどその頃に流行ったので、この曲を聴く度にあの頃を思い出す。

　自分の言葉に　嘘はつくまい　裏切るまい
　　生きていきたい　遠くで汽笛を聞きながら
　　　何もいいことが　なかった　この街で

あの頃、清川が闘病した近畿大学付属病院の赤レンガ色の建物を、毎日通勤電車の車窓から眺めながら仕事に通っている。何もいいことがなかったこの街の景色を見ながら。自分の言葉に嘘をつかず、人を裏切らず生きているだろうか。早くして亡くなった彼に恥ずかしくない生き方ができているだろうか。自問自答する日々である。僕がアリスの３人の今の年になった時に、つまり還暦を過ぎた時に、いい顔をしているだろうか。男前でなくていい。人に恥ずかしくない顔をしてるだろうか。アリスのステージをテレビで見ながら、そんなことを考えている。

歌はエンドレスで繰り返し再生されます。聞き飽きたら、或いは聞くのに
耐えられなくなったら、気分が悪くなる前にカラオケルームからご退出下さい。